『All the Things You Are』は、1939年にジェローム・カーンとオスカー・ハマースタイン二世によって生み出された不朽の名曲である。美しい旋律と同時に複雑な転調を含むコード進行は、数多くのジャズミュージシャンを魅了し、即興の題材として今なお愛され続けている。チャーリー・パーカーやスタン・ゲッツをはじめとする名演の数々がその価値を証明し、教育現場では基礎から応用を学ぶための教材としても定番だ。
作曲者と初演
『All the Things You Are』は、ジェローム・カーン(Jerome Kern)が作曲し、オスカー・ハマースタイン二世(Oscar Hammerstein II)が作詞した楽曲である。1939年にブロードウェイのミュージカル『Very Warm for May』のために書かれたもので、劇中ではハイリガー・フェルドとフランセス・マーサーが初演した。
この曲は発表当時からその美しい旋律と詩情あふれる歌詞で注目を集めたが、ジャズの世界においては旋律よりもむしろそのハーモニー進行が高く評価されることになる。多くの楽曲が時代の流行とともに忘れ去られていった中で、『All the Things You Are』はスタンダードとして生き残り、今なおセッションや教育の現場で取り上げられ続けているのは、その独特な音楽構造に理由がある。
ジャズハーモニーの魅力
この曲がジャズミュージシャンにとって魅力的なのは、何よりもコード進行の複雑さと美しさにある。楽曲はAABA形式に近い構造を持ちながらも、調性が次々に転調し、緊張と解放を繰り返す。その進行は単なる和声の装飾ではなく、まるで旅のように予期せぬ風景を見せてくれる。
特に有名なのは、楽曲冒頭の部分である。Cメジャーから始まり、わずか数小節でE♭メジャー、Gメジャー、Eメジャーと転調していく。この大胆なモジュレーションは、当時のポピュラーソングとしては異例のものであり、同時にジャズにおいて即興の可能性を大きく広げるものでもあった。
加えて、楽曲の後半に見られるサイクル・オブ・フィフス(五度圏)の進行は、ソロイストにとって即興の格好の題材となる。転調の妙と安定した循環進行が共存することで、演奏者は複雑さと親しみやすさを同時に味わうことができるのだ。
主要な演奏とその分析
この曲は数多くのジャズミュージシャンに録音されてきたが、中でも代表的なのはチャーリー・パーカーの演奏である。彼はこの楽曲のコード進行を基に新しいメロディを創作し、それを『Bird of Paradise』として録音した。これはいわゆる「コントラファクト」の手法であり、『All the Things You Are』の進行がいかに即興演奏の素材として優れているかを示している。
また、スタン・ゲッツの演奏は、この曲の抒情的な側面を最大限に引き出した名演として知られている。彼の滑らかなテナーサックスの音色と、この曲特有の転調が相まって、流れるような叙情美を作り出している。ゲッツの解釈は、旋律の美しさを重視したアプローチであり、ハーモニーの複雑さをあえて過度に強調せず、リスナーにわかりやすく提示しているのが特徴だ。
さらに、ビル・エヴァンスのピアノトリオによる解釈は、和声の深い探求として高く評価されている。彼のコードヴォイシングは、この曲の持つ豊かな転調をより立体的に浮かび上がらせる。特に静謐なイントロから繊細にテーマへと移行するアプローチは、まさに「楽曲と対話する」姿勢の表れである。
このほか、キース・ジャレットやジョー・パスといった巨匠たちも、それぞれのスタイルでこの曲を解釈しており、演奏者の数だけ『All the Things You Are』の姿があるといっても過言ではない。
教育的視点からのアプローチ
この曲が音楽教育の場で頻繁に取り上げられる理由は明確である。ひとつは、複数の調性を横断する練習素材として最適だからだ。即興を学ぶ学生にとって、単一のキーに閉じた楽曲では実践的な応用力が養えない。しかし『All the Things You Are』は短いフレーズの中で絶えず転調するため、演奏者は必然的にキーセンターの把握と素早い対応を求められる。
もうひとつは、五度圏の進行を含むため、コードトーンやスケールの関係を学習する教材として理想的である点だ。多くのジャズ教育書において、この曲は「即興の基本練習」として紹介されている。実際、バークリー音楽大学などでは、この曲を課題曲として学生に課すことが多い。ここで習得した即興技術は、その後他のスタンダードに取り組む際にも応用可能であり、学習者にとって基盤を築く役割を果たしている。
教育的な意義は演奏技術の習得だけにとどまらない。この曲を深く分析することで、作曲の発想、転調の効果、旋律と和声の結びつきといった音楽理論の実践的な側面を学ぶことができる。つまり『All the Things You Are』は、ジャズを学ぶ者にとって教科書であると同時に、創造の源泉でもあるのだ。
結びに
『All the Things You Are』は、ジャズスタンダードの中でも特に多面的な魅力を持つ楽曲である。美しい旋律はもちろん、その背後に潜む和声の豊かさ、演奏家による無数の解釈、教育的な価値。いずれの視点から見ても、この曲は「愛され続ける理由」を備えている。
ジャズミュージシャンがこの曲を避けて通れないのは、単なる伝統だからではない。そこには学びと表現の両方を無限に引き出す音楽的資源が存在するからである。『All the Things You Are』は、過去から現在に至るまで多くの演奏家に挑戦とインスピレーションを与え続けてきた。そしてこれからも、未来のミュージシャンにとって避けては通れない試金石であり続けるだろう。


